こんにちは、永田です。(@ trombonemusic11)
今日は阪神淡路大震災から31年の日。
31年前の1993年1月17日、私は小学校3年生で母と姉とウサギ2匹と兵庫県との県境に近い大阪府豊中市庄内に住んでいました。1年前から父とは別居していました。父は兵庫県西宮市で消防士をしていました。父は早くに(私が中学生の時)亡くなったので震災の話はしたことがないのですが現場で色んなことを見てきたのではないかと思います。
当時住んでたのは1Kで寝室とキッチンのみ2部屋で寝室にふとんを並べて3人で寝ていました。たまにケンカをした時とかは私は一緒に寝ないでキッチンがある方で寝ることもありました。
1月17日の朝、背中を突き上げるような大きな揺れがありました。当時の観測では震度5でした。とても長い時間に感じました。
家の食器棚、本棚など家具は全て倒れてグチャグチャでした。
今思うのがもし、あの時にもし家族内でケンカをしていて私か誰かがキッチンのある部屋で寝ていたらその人は食器棚の下敷きになって亡くなってしまっていただろうと思います。母も姉も私もいま元気に生きてるのは運が良かったからだと思います。
同じクラスの女の子のお母さんがたんすの下敷きになったが命は助かったと聞きました。
神戸の垂水に親戚がいたので安否を心配しました。数日後に連絡が取れて無事でした。
その日は学校は休みになりました。
木造アパートの多かった私の住んでいた地域では全壊した所も多くて学校の体育館は避難所となりました。壁や天井に日々が入った程度でした。しばらくして公園の空き地には仮設住宅が建てられました。
余震があったりして怖かったのでしばらくすぐに逃げられるようにと夜はパジャマではなく私服で眠っていました。
当時9歳だった私は今は39歳です。
31年経っても忘れられない日です。たくさんの方がお亡くなりになりました。
無念だったろうと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。こうして生きられていることに感謝する日です。
