男性のモデルを探していた。

こんにちは、永田です。(@ trombonemusic11)

残念ながらファッションモデルの華やかな話ではない。世の中には何らかの事情で母子家庭、父子家庭になってしまった家族がいます。

母子家庭だと父親がいないので、モデルとなる男性像がなく、父子家庭は母親がいないのでモデルとなる女性像がいないことになります。

このモデル像がないというのは日本の社会では行きにくく不利になってしまうと思います。もちろん両親がいても良いモデルではない場合もあると思います。

それは仕事、友人、恋愛、その他すべての事に影響がでます。

私の例を少しあげると、父親がアルコール中毒で15歳の時に植物人間になったのである意味で母子家庭になったわけです。父親の暴力が家庭内にある場合、子どもは父親の真似をしてしまったり(他人に暴力的)、あんなやつには絶対ならないでおこうと思う(反面教師)のどちらかになります。
私もそうでした。そして時には男全員を嫌い、関わりたくなくなるのです。

小学五年生の時には自分の中の男性性を消したいと思い、女子の間で流行っていたオーバーオールを着たり、赤とか派手な色を好むようになった。小学六年の時に学校に行きたくなくなったのは担任が男だったのもあると思います。

基本的に男性教師には反抗的で親しくしたことはありませんでした。それは同級生の男に関しても必要以上には関わりたくない気持ちがありました。

それはアルバイトの時のお店の店長にも当てはまりました。威圧的な男は日本にホントに多いのでどうしても関係がうまくいかなくなるのです。

男性モデル、女性モデルは両親であることがいいのですが、人生の中で見つけることも不可能ではないのかな。私は見つけられなかったのかなあと思っているのですがまあそれはそれで、嫌な男性像を最初に知っているからこういう男性にはなりたくない、近づきたくないというのを負のところから学べたので今となっては良かったのだろうと思います。

しかし大人になってからも威圧的な男と出会ってしまうことはあるので、その時は10000光年ぐらい距離をとって接するようにしています。それは身を守るためでもあるのです。

自分が自分でいられる場所はどこなのかそれを見つけられたらきっと幸せなのでしょう。
それを探すのも人生の1つなのでしょう。

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