音楽の話~その③

こんにちは、マサです。(@ trombonemusic11)

音楽の話~第3弾です。

第1弾はこちらから音楽の話~その①

音楽に関することを私なりに考えていくこの記事。お楽しみください。

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アレクサンダー・テクニーク

私が始めて出会ったのは2007年でした。当時大学4年生。

たまたま大学で見つけたチラシで知った 川井弘子先生の講座でした

この当時は誰もアレクサンダー・テクニークのことを知らなくて変人扱いされた記憶があります。今は有名になりましたね。この感覚、地下アイドルを追いかけていて有名になったときに昔から応援していました。みたいな感じですね。実際とても役に立つので気になる方は門を叩いてみると良いと思います。音楽も精神的なところに重きを置かれるようになったのは日本の社会が音楽の世界が成熟してきている証拠だと思います。
私もアレクサンダー・テクニークレッスンや合奏の中で取り入れています。要するに音楽をする際の身体の使い方です。スポーツをする時はフォームや身体の使い方を意識するのに、スポーツと同じように体を使う音楽ではなぜ考えないのか?という観点が元になっています。楽器でも重たい楽器や姿勢が悪いと身体に影響が出てきます。そういったところも考えていこうというものです。多くの人に自然と浸透していくといいですね。スポーツでいうラジオ体操が大体の人ができるぐらいには。

なぜ、音楽をするのか?

音楽を始めたキッカケはそれぞれだと思いますが、音楽を続けている、もしくは好きな理由は何でしょうか?
音楽を聴くと疲れが取れたり、気分が乗ったりします。音楽の演奏は練習をすればするほど上達できるので達成感や高揚感を得られるのだと思います。その達成感をまた得たいと思うため、人間は音楽を続けるのかもしれません。
人間が生きる上で最も大事なモチベーションにも上手く働きかけているのが音楽だと思います。次はもっと上手に演奏がしたい、大好きなあの曲を演奏したい、など。そういった人の人生にも大きな影響を与えてくれる音楽活動。私のように多くの人が誰かの影響なのではないかと思います。人生一生楽しめる音楽ですが高校卒業、就職のタイミングで離れてしまう人が多いです。もっと各地域の中に音楽活動ができるコミュニティを作っていけたらなと考えています。もっと人々が音楽を楽しめるようになって欲しい!

音楽は一生の娯楽になる

学校での吹奏楽部の活動は音楽と出会う入口となることが多く、決められた3年という時間を友人たちと音楽を通して過ごせるのは素敵な活動です。終わりがあるから美しいものなのかもしれません。前項でも触れましたが学校を卒業した後に音楽活動をできる場所があまり無いというのは日本の音楽の世界の1つの課題かもしれません。「音楽は演奏だけでなく社会に影響を与えていくもの」、「コミュニティを作っていくもの」という観点で音楽を考えていけないだろうか。音楽は様々なジャンルがあり曲数も星の数ほどあり、文字通り、「一生楽しめるもの」だと思います。しかし音楽を楽しめる場所が身近にあるだろうか。音楽大学を卒業した人がなかなか音楽の仕事が無いと言うが、音楽は演奏だけではなく社会に活きる音楽という観点で見ていけば音楽の活用できる場所は広がるのではないか。音楽大学には音楽が社会に活かせる場所作りに尽力して欲しい。音楽大学のパンフレットに卒業生を載せて、ピアノ科卒業、○○銀行就職、などと書いている暇があれば社会にもっと働きかけて欲しい。きっと音楽に関わっている人なら音楽を一生楽しんで欲しいという考えに賛同してくれるはずです。そういった社会を作っていきませんか。

ハッピー・サウンドを知っていますか?

オーケストラ、吹奏楽など指揮者を伴なう大きな編成でも、指揮者の居ない小さなアンサンブルのどちらでも、指揮者、もしくは合図を出す人が存在する。指揮者が合図を出すときに大切なのは奏者と目で会話ができているかという点です。指揮者が楽譜を見たまま、手だけが奏者に向いている、それでは良い音楽は導き出せない。目と手の合図の両方があるとき、オーケストラから良い音楽が生まれます。それが上手くいかないとき悲しいし、もったいないなー、と感じます。若い指揮者を指導するときにも、このことは重要なので何度も伝えています。音楽を聴けば、指揮者を見ていれば奏者とのあいだが見えてきます。人と人とのあいだで行われる音楽。人間性、態度、音楽への気持ちが音楽にはすべて表れます。そういったものが上手くいったときに心地よい音楽、ハッピー・サウンドが生まれると思います。

音楽は感じるものか、考えるものか

オーケストラの中で演奏しているとたくさんの音が聴こえます。自分がメロディを演奏しているのか、伴奏なのか、どれぐらいの音量で演奏するのがいいのか。指揮者の合図、同じメロディを演奏している楽器を聞くこと。ホントにたくさんの情報を受け取り、また発信もしています。
感じるために、何を感じ、どのように感じ、また発信するのかを考えているのだと思います。どちらだけでも足りない。考えて、感じて、また考えて。その繰り返しが音楽活動の芯にあるところなのかもしれません。音楽の哲学的な部分についてまた考えていきたいと思います。

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