フィリピン人はどこから来たのか?

こんにちは、永田です。(@ trombonemusic11)

フィリピンが世界史に現れるのは約500年前のマゼラン達の上陸からですが、その時の文献によると既に中国人がたくさんいたというのがある。おそらく中国との貿易がマゼランの到着以前から行われていたのであろう。

セブにある博物館などにいくと発掘された古い陶磁器が展示されてあるのもひとつの証拠なのでしょう。

フィリピン人は肌の白い中国系、肌の黒いマレー系、ヨーロッパ風の顔立ちのスペイン系に分けることができます。
今回は1月に中国に旅行に行った際に知ったフィリピン人のルーツとなる客家人のことに触れていきたいと思います。

フィリピンの特徴といえば、歌やダンスが上手、美女が多い。ホスピタリティがある。などたくさん挙げられます。私は音楽が専門なのでフィリピン人がなぜ歌やダンスが上手なのかというところにも注目したいと思います。

中国の深センという街は大都市ですが客家人がたくさん住んでいたところです。客家人は山岳地帯に住んでいることが多かったようですが、祭事で海に出ることもあったそうです。生活としてはあまり裕福とは言えない生活だったそうです。

客家人はいま世界中に住んでいる華僑たちです。
生活苦もあり、他国へ移動して生活をするという知恵が浮かんだのかもしれませんね。
台湾、フィリピン、サイパンなどもルーツは客家人にあると言われています。

アジアにも巨大な民族の移動による文化交流があったという訳です。

音楽に関わるところでは、客家人は愛する人に好意を伝える際に歌を使ったようです。
男性から女性に愛のうたを送り、女性もうたで返事をするという。山岳地帯で愛のうたを送るので良く通るいい声が必要だったのです。きっとフィリピン人が歌が上手な理由の一つにこの愛のうたが影響を与えているのではないかなと考えました。

明日はバレンタインデー、日本では女性からの告白の日ですが、海外では男性からアプローチする日として定着しています。素敵な愛のうたを客家人のように誰かに届けてみましょう。後悔しないように!

この文化人類学的な客家人が移動したことによる各国への影響を深く研究したいなあと思いはじめています。

国は変わりますが韓国のキムチも豊臣勢が韓国に攻めるまでは唐辛子が無くて辛くなかったとも聞きます。やはり、人の移動による文化の伝導はいい面、悪い面がありますがとても興味深いです。
また何か知識を得たり、考えが浮かんだら書いていきたいと思います。

客家人の婚礼⇒獅子舞⇒愛のうたを送る客家人
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